良く聞くために弾き、良く聞くために分析する

近々久しぶりにギターコンサートに行こうかと思い、そのコンサートプログラムの曲を弾いたり分析しています。
全部は無理なので数曲に絞ってしかもレッスン程緻密でもなく簡易的なものですが。
生のギターのコンサートは何年ぶりだろう。
5-6年前くらいの荘村先生のコンサート以来じゃないだろうか。
足が遠のいていた理由は自分の演奏を聴く能力が足りないと感じたから。
これから書くことは割と頭があれな私の、自分が勝手に決めたルールに縛られた結果の、他人様に取ったら実に下らない内容なのでお気になさらないでください。

私の音楽を弾く事、聴く事の理想はどうも1個1個すべての音とは言いませんが、最小単位の音の区分、動機に当たると思いますがその流れや特徴、調性その他様々な多面的な視点による解釈をしっかり感じながら音楽を演奏し、聴く事の様だと5年前くらいにわかりました。
当時上に挙げた事を自分はできていない。
というかもうそれは無理なのではないかと諦めた記憶があります。

それで自分の演奏楽器のギターは特に思い入れが強く、上記の事が出来ないのにコンサートに足を運ぶのはなんだか抵抗を感じるようになったのですね。
自分の音楽を聴く能力不足の実感とよくわからない自分ルールに縛られてしまった。
日々研鑽を重ねた素晴らしいギタリストの方々の演奏を聴く資格があるのか、と今思えばよくわからない自問自答をしてしまった。
そうこうしている内にコロナ禍で更にコンサートから足が遠のいて。

そう思っていたのですが、楽曲分析のレッスンを受け始め1年数か月経ったらいつの間にか諦めていたような事が少しですが出来るようになってきたという実感が。

そして2ヵ月くらい前「このギターのコンサートに行くんですよー、楽しさが抑えきれない」という生徒さんの笑顔を思い出し、私ももう一度、自分の理想のコンサートの聴き方に挑戦してみようかと思いました。
生徒さんと同じく楽しさが抑えきれない。

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