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ミュージアム・コンサート 東博でバッハ vol.66 鈴木大介(ギター) 無伴奏チェロ組曲&リュート組曲(ギター版)全曲演奏会 第一夜

を聴きに行きます。

鈴木大介さんは少し前から8弦ギターを手にし、昨年そのギターで演奏した「浪漫の薫り」というロマン派の曲を集めたCDも出しています。

コスト、メルツと言った作曲家の多弦ギターのために作られたオリジナル曲の他、シューベルト、ショパン、メンデルスゾーンと言ったロマン派を代表する作曲家達の曲も収録されています。

当時、ショパンのマズルカのピアノ譜を読みながらピアノ演奏を聴き、その後「浪漫の薫り」のギター版を聴く、という事を繰り返し、ギターの新しい可能性を探求するその姿勢に感銘を受けました。

このCDが出る前、アナリーゼのレッスンで、ロマン派に属するシューマンのトロイメライやメンデルスゾーンの無言歌集の分析を終え、トロイメライは作曲家の先生の門弟というか音楽仲間のコンサートで演奏、30分ほどの分析発表をしたり

生徒さんが「浪漫の薫り」にも収録されているハンガリー風幻想曲でコンクールに参加したりと

ちょうどロマン派の曲に触れる機会が多い時期でした。

そんな訳でこの時代の和声的な多様さ、ふくよかさ、楽器の発展による音楽的表現の拡大、作曲家のある種の実験的な試みのようなものを感じ、ギターで、この時代の、別の楽器のための曲を弾く事の難しさについて思い悩んだりしていました。

トロイメライを弾いた作曲の先生主催のコンサート、先生はピアノのレッスンもなさっていてコンサートを聴きに来る方は皆さん多かれ少なかれピアノに慣れ親しんだ方。

しかも先生のご友人のプロのピアニストも聴きに来て下さるという状況。

トロイメライというピアノオリジナルの有名曲をそういった方々の前で弾いて、おまけに分析発表するというプレッシャーに負けそうで、それはもう全力で勉強しました。

タレガの編曲を参考にしたのですが、和声的な疑問がありタレガの全曲集を買って編曲の癖のようなものを見つけようとしましたっけ。

タレガはかなり他楽器の有名曲を編曲しているのですが、原曲と比較するとその苦心が伺えます。

それらを弾いて感じたことは、当たり前ですが和声的に完全な再現は不可能。

できるだけの事はしつつ、ギター版ならではの要素

例えば音色の変化、音の少なさを活かした軽妙さや旋律の伸びやかな歌い方等で新しい魅力を引き出すしかない

という事でした。

何を当たり前の事を、と考える方も多いと思います。

しかし、オリジナルを弾いたり聞いたりしている方々の集まる場で、その曲を別の楽器で弾くという状況になったらオリジナルに寄せようとするのはどうしても考えてしまう。

例えばあなたがバッハの無伴奏バイオリンのためのソナタをギタ―コンサートで弾く事になった、そして観客全員がバイオリンに習熟した方だと事前にわかっていたら…ひゃー!!!多分ある段階でふっ切れるしかないかと思いますが。

ところが8弦ギターを手にした鈴木大介さんはロマン派の編曲物において、オリジナルの魅力とそれらをギターで弾く事による新しい魅力を両立させている(と私は感じました)。



その8弦ギターでのオールバッハプログラム。

楽しみしかない。


現在、5月25日にリュート組曲第2番のサラバンドを演奏、分析発表するので色々調べたり、分析譜を作ったりしています。

ギターオリジナルじゃない曲を弾くのは去年で懲りろって話ですが。

ここでもやはり、ギターで異なる楽器の曲を弾く事の難しさを感じています。

そのわかりやすい例がこちら。

8.png

上段がオリジナルのリュート譜。

下段がギターのために原曲ハ短調をイ短調に移調したもの。

低音をご覧頂くとリュート譜は2、3拍目はオクターブ下がっております。

ギターも8vb(1オクターブ下げて弾く)という記号はありますが、音域的に不可能なのでここは全て5弦開放ラを弾くしかない。

この2拍目で低音がオクターブ下がる動きは曲全体を通して見られます。

1拍目だけラを1オクターブ上げれば良いじゃん、と考える人もいるかと思いますが、後に出てくる箇所との整合性を保てなくなってしまいます。

それでも良いじゃん、とも考えますが…うーん。

これの何が問題かというとサラバンドは2拍目に舞踏的重心が来ることが多いんですね。

この曲は器楽曲ですし、バッハのサラバンドは当時の他の作曲家達のサラバンドに比べ、その重心が一見薄いように感じることもありますが。

なんだろう、野趣あふれる地方料理を上品にアレンジしてお高いレストランで出している感じ。

でもベースとなった料理も確かに感じるような。


この曲の場合、2拍目で1オクターブ低音が下がる動きはその舞踏的重心を示している。

リュートだと音程変化でそれが表現できますが、ギターで弾く場合それができない。

別の表現でそれを示さなければいけない。

あー、こんな時に1オクターブ低い音が出せる弦があったらなあ…という無いものねだりの歯がゆさがつきまといます。

聴いて下さる方にも「ここ本当は1オクターブ低い音なんです。それを聴かせられなくてすみません」とちょっと申し訳ない気持ちになる。


他にもよくあるのがこちら。

バロック時代の曲でよく見かける最低音がオクターブ跳躍して終止する形。

リュート組曲第2番サラバンドの15小節3拍目。

8-1.png

ギターだと主調イ短調の平行調・ハ長調となり前半が綺麗に終止するところです。

リュートは低音がオクターブ下がっていますが、ギターはそれができない。

前のソを上げれば良いじゃんとなりますが、そうするとその前の音との繋がりが原曲と離れてしまう。

その前の音も上げれば良いじゃん、とすると更にその前の音との関係が…となります。

この属音がオクターブ跳躍し、その調の主音に向かう終止の動きがとても好きなのですが出来なくて悲しい。


そういった制限からある程度解放されたであろう、8弦ギターでのバッハを聴くのが今からとても楽しみです。

もちろんそれだけが目当てではないです。

聴いた後の感想も書きたいところですが、とうとうやってきた酷い頭痛と3日後の楽曲分析で提出する課題が遅れてしまっているので書けないかもしれません。


これを書いていないで課題をやれって話ですが、こういうのも楽しみを盛り上げる要素なので。







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