pの側面消音-ステップ-3,4-
前回の記事ステップ1,2です。
https://ichikawacgt.seesaa.net/article/502843448.html?1712030714
ステップ3:イ短調のカデンツ(終止形、曲の中心となる和声進行)を使ったpの側面消音
対象:クラシックギター歴1年以上
ステップ3の練習は目的が2つあります。
目的1.ステップ1、2で身につけたpの側面消音を左手で押弦(おうげん:弦を押さえる)して行う技術を身につける。
目的2.聴覚から入ってくる情報を処理し、そこから何らかの意味を感じる脳の分野を鍛える。
うちの教室では目的2を重視しております。
どういう事かはこれから練習をご紹介しながら説明いたします。
まずは目的1の練習をご紹介します。
目的1.ステップ1、2で身につけたpの側面消音を左手で押弦(おうげん:弦を押さえる)して行う技術を身につける。
PDF、またはこちらの画像3「イ短調のカデンツ」をご覧ください。
イ短調の曲を構成する基本となる和音、すなわち主和音-下属和音-属和音-主和音が並んでいます。
1ポジションで弾ける和音なので、弦や運指の記号は書いておりません。
このカデンツを低音弦の消音を行わずに弾くと、楽譜上では画像4のようになります。
端的に言うと和音の響きが、作曲家の求めるものと変わってしまいます。
だからそうならないよう、画像3の2つ目「記号:Ⅳ」の和音で5弦ラを消音。
最後の「記号:Ⅰ」の和音で6弦ミを消音すべきなのです。
しかし、和音と和音が繋がって聞こえるように弾きたい時など、それが難しい場合があります。
そういった時にpの側面消音が役に立ちます。
2つ目に弾く「Ⅳ 下属和音」と4つ目に弾く「Ⅰ 主和音」でpの側面消音の練習を繰り返せばステップ3の練習目的1は完了となります。
こちらの動画を参考に練習してみてください。
初めは和音が途切れても構いませんので、ゆっくり繰り返し行ってみてください。
ここから最初にお伝えした目的2の説明を致します。
目的2.聴覚から入ってくる情報を処理し、そこから何らかの意味を感じる脳の分野を鍛える。
次の動画はこのイ短調のカデンツを3回繰り返しております。
1回目消音無し(画像4) 2回目消音無し(画像4) 3回目消音あり(画像3)
皆様違いが聴き取れたでしょうか。
聴きとれなくても問題はありません。
レッスンでこれを初めて行った時、大体の方が聞き取れません。
それも無理の無い事だとは思います。
楽器演奏と言うのは既に弾いた「過去の音」よりこれから弾く「未来の音」に意識が向いてしまいます。
しかし、ギターの開放弦の音は「過去の音」でありながら消音しなければ鳴り続け、現在、そして未来の音に干渉してしまいます。
一方で確実に違いを聴きとり、そこからなんらかの感覚を得る能力を持っている方もいます。
そう言う方はまだギターを始めて半年くらいでも、「この開放の音がここで残っていると気持ち悪いので消し方を教えて下さい」と質門して下さったりします。
その方は他楽器での演奏歴が長く、そちらで細かな響きの違いを聴き取る和声感を身につけたのでしょう。
聴き取れる方と聴き取れない方の違いが目的2の「聴覚から入ってくる情報を処理し、そこから何らかの意味を感じる脳の分野を鍛える。」を行ってきたかどうか、だと私は考えます。
つまり、訓練すれば鍛えられる能力だという事です。
しかもこれはそんなに難しい事ではありません。
一日3分、先ほどの消音有り・無しの動画を聴き、違いを感じる訓練を1ヵ月もすれば段々わかるようになってきます。
一番訓練になるのは自分でカデンツを消音有り・無しで弾いて一生懸命違いを聴こうとする事です。
カデンツの練習でこの訓練を行い始めた頃、ほとんどの方は違いがわからないと仰っていました。
今は目をつぶって頂き、私が消音有り・無しランダムでカデンツを弾き「今は消音した」「今は消音していない」と当てられるようになってきました。
年齢による困難を質問されたこともありますが、この訓練は聴力(物体の出す振動を聴きとる力)というよりそこから得られる情報を脳がどう処理するか、という事なので日常的な生活、会話、音楽鑑賞が出来ている方なら問題ないと思います。
実際70代の方も無理なく身につきました。
もちろん加齢とともに起こる聴覚器官の能力低下による影響はあるとは思います。
なぜイ短調のカデンツで上位弦開放音を消音しなければいけないか、和声的な観点からの説明をこの記事の最後に行っております。
ご興味のある方はご覧ください。
ひとまずステップ4に進みます。
ステップ4:簡単な曲で練習。
練習用の曲の楽譜をご用意しました。
簡単過ぎではないでしょうか、と感じる方もいると思いますが、結構難易度の高い曲が弾ける人でも最初はこのくらいの曲で出来なかったりするので、入口としてはこの辺りが適していると考えました。
消音箇所:6小節1拍目で5弦ラをpの側面消音。23秒当たりです。
それから3小節目、7小節目に入る時、前の小節の4弦開放レが残ると思います。
これは左手3の指を倒して6弦3フレットを押さえる事で消音しております。
少し難しいのでこの消音はできるなら行い、できないなら今は放置する、という判断で良いと思います。
ただ、それを聴こうとするというのは目的2の訓練になるはずです。
ちなみに下位開放弦(6弦に対する5弦ラ)の消音はpの腹での消音、pのアポヤンド、撥弦(弦を弾く事)後pを対象の弦に置いての消音、左手の消音などケースバイケースで対応していきます。
一応単弦開放での下位弦消音練習動画をご用意しました。
1弦から6弦へ向かい、1回目pの腹で消音、2回目pのアポヤンドで消音、3回目撥弦後pを対象の弦に置いての消音。
実はこちらの方が難しいかもしれません。
レッスンではpの腹での消音をしていますが、テンポの速い曲だと使用が厳しいという印象です。
他にも
カプリーチョ/シュナイダー.pdf。2小節1拍目pのアポヤンドまたはpの腹で下位弦5弦を消音。3小節1拍目pの側面で上位弦6弦消音。
マリアルイサ/J.S.サグレラス.pdf。4小節1拍目pの側面で6弦消音
など練習の題材は沢山ありますが、ここまで来たら皆様が今練習している曲で対象箇所を探して練習されるのが良いかと思います。
以下はなぜ消音をしなければいけないのか、少し勉強のようになってしまいますがご興味のある方のために記していきます。
一つご注意頂きたい事として、これから書く内容には特定の和音の性質・特徴を限定してしまう内容が含まれます。
説明の便宜上、この和音はこういう性質であるという事を述べておりますが、和音の響きに関して皆様の自由な感性で捉えて頂ければと思います。
先ほどもご覧頂いたイ短調のカデンツの楽譜です。
各和音の下には
・記号
・調性的和音名
・転回
・和声機能
・性質
とかいてあります。
各項目説明していきます。
・記号
和音の記号。大文字のローマ数字で表記。
数字はその調の主音から数えて何番目の音を土台となる音、すなわち「根音」としている和音かを表す。
この根音から1つ飛ばしで音を重ねていくと和音となる。
下はイ短調の主音ラを根音として1つ飛ばしで根音から数えて3番目のド、根音から数えて5番目のミを重ね、ラドミというイ短調の主和音を作っている。
※その調の音の数え方には音階基準と和音基準の2種類がある。
音階基準は主音から数えて何番目かを表し、ⅰⅱⅲⅳなどの小文字のローマ数字で表す。
和音基準はその和音の土台となる根音から数えて何番目かを表し、第3音、第5音、第7音、第9音と記述する事が多い。
教本によっても異なる場合があるので注意が必要。
・調性的和音名(呼び方は私の造語です)
その調における和音の呼び方。
その調における和音の役割・性質がわかる。
・転回(形)
その和音の第何音が最も低いかを表す。
それにより和音の役割・性質が変化してしまう事がある。
根音が一番低い音ならば基本形。これは最も安定した性質を持つとされる。
第3音が低い音なら第1転回形。
第5音が低いなら第2転回形。
第2転回形は和声法の前の作曲法、対位法においては基本的に禁則とされた。
これは対位法では不協和とされる完全4度が発生するため。
更に細かく知りたい方は四六の和音で調べるか、レッスンでご質問ください。
・和声機能 和音はその響きの持つ性質からT(トニック)、S(サブドミナント)、D(ドミナント)に3つに分類される。
・性質
その和音の響きの特徴。ざっくり説明するとTなら安定、Sならやや不安定、Dなら不安定となる。
これは一般的に述べられている事ではあるが、あくまで参考程度に考えて欲しい。
その調の中心的存在で最も安定して聞こえる主和音は第2転回形になると不安定なD(ドミナント)と連結しDに分類される。
画像7 イ短調の主和音転回形
転回形だけでなく何の音が一番高いか、音と音が密集しているか離れているかでも、その和音の響きや性質が微妙に変化する。
最終的には自分がその和音の響きをどう感じるかを重視し、表現に結び付けるべきだと私は考える。
以上が画像3の和音の下にある項目の説明となります。
この中で今回重要なのは転回と和声機能、そしてその性質です。
まず画像3の最後の和音から考えてみましょう。
イ短調の主和音ラ(ラ)ドミとなっており、転回は基本形、和声機能はT(トニック)、性質は安定となります。
転回の項目でもお伝えしましたが、基本形と第1転回形は安定したT(トニック)に分類されます。
ところが第5音ミが最も低い音となると不安定なDに分類されます。
画像7 イ短調の主和音転回形
時代やジャンルにも寄りますが、曲の終わりというのは、Ⅴ・属和音の基本形・D→Ⅰ・主和音の基本形・Tの連結で安定して終わる「全終止」という終わり方が多いです。
これで終わると「終止感」、曲の終わった安心のようなものを感じ、曲を聴いた満足感を与えてくれます。
映画で言うと色々困難はあったけどみんなの努力で解決して良かった、というハッピーエンドのようなものです。
ところがこの最後の和音が主和音の「第2転回形、和声機能:D(ドミナント)性質:不安定」だと気持ちよく終わった感じがしない。
ハッピーエンドかと期待していたらエイリアンはまだ生きていた?と言った少し苦い後味を残して終わる映画のようなものです。
もちろんそう言った曲や映画の良さもあります。
それは作曲家、映画監督が計算してそう作っている作品なのでokです。
意図して配置されたDなら良いのですが、ギターはこのD→Tの終わり方の時、画像4のように開放弦の音が意図せず残ってしまう事態が起きやすいです。
こちらは画像4に転回や和声機能を書き込んだものです。
画像9
3つ目と4つ目の和声機能を見るとD→Dとなります。
Ⅴ→Ⅰと全終止の和声進行にはなっているのですが、Ⅰの第2転回形がT(トニック)と言えないため、全終止しているとは言い難いです。
もちろん、主和音で終わっているので終止感はある程度感じると思いますが、全終止に比べ半減します。
次に2つ目のイ短調Ⅳの和音 画像3:基本形レファラ、画像4、9:第2転回形ラレファを見ていきましょう。
画像8を見るとⅣの和音の基本形、第1転回形、第2転回形が並んでおります。
画像8 イ短調下属和音転回形
第2転回形を見るとラの音が最低音となっています。
性質をみると「基本形よりやや不安定(私の感想です)」
この「やや不安定」は私の感想ではありますが、先ほどの主和音を基本形から第2転回形に変えた時。
性質が安定のT(トニック)から不安定のD(ドミナント)に変わったことを思い出してみてください。
すると、「ラが最低音となる第2転回形では響きに変化が起こる」という言葉。
あり得ない事ではないと検討して頂けるのではないかと思います。
画像3のイ短調のカデンツでは、5弦開放音・ラの消音をしないと基本形ではなくこの第2転回形になってしまいます。
このあたりは各自で弾いて、響きを確認して頂くのが良いかと思います。
このような作曲家の意図しない和音の響きというのは、イ短調だけ発生しやすい訳ではありません。
実は前回挙げたギターで演奏し易い調性の曲全てで起こりやすいのです。
だからこそ、次の低音を弾くためにpを弦に置く動作で上位弦を消音できる、pの側面消音を身につける事が重要となります。
と言っておいてなんですが、負担が少なく消音出来ればpの側面消音でなくても良いんですけどね。
長々とお付き合い下さり誠にありがとうございました。
皆様のクラシックギターライフの一助となりましたら幸いです。
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